富太郎の日常・続

コラム

 前職では、お客様のHPやブログを仕事(融資審査の一環)として、拝見する機会が多々ありました。
見せていただくことにより、お客さまの事業の内容や経営者の方の人柄がよく把握できました。
お金をかけた立派なもの、手作り感満載の非常にシンプルなもの、何年も更新していないもの等々。
そんな中に、先代(現在の代表者のお父さま)がブログ+写真を載せているHPがありました。
何か記事ひとつひとつに先代の日々の喜びがにじみ出ていたんです。
(あまり企業内容には触れられていませんでしたが・・・)
「よし、これは退職したらブログをやるしかない。うん。」と思った次第です。
そして、ここに晴れてブログをはじめます。
   「お楽しみは、これからだ ! 」     リアル富太郎

 

コラム一覧

富太郎の日常 280 『 春のなんかね 』

 ドラマの内容は、じじい には馴染めなかったけど(個人的感想です)、「冬のなんかさ、春のなんかね」

という題名の語感が妙に気に入っていて、テーマは『春のなんかね』です。 春には「春は選抜から」とか

「荒れる春場所(大相撲)」とか、「球春プロ野球開幕」とか、楽しい話題も沢山あるのですが、敢てです。


 ① 花粉

 今や、日本人の二人に一人が花粉症で、10年ごとに10%ずつ増え続けているのだそうです。 富太郎

なんか、テレビでスギ花粉がぶわぁっと飛ぶのが映っただけで、くしゃみが出るほど。 受験予備校の講師

の先生も花粉症で、収録に支障が出たのだとか。 先生曰く「母親も、高校生の娘も花粉症で、遺伝する。

ただ、母親は年々軽くなり、花粉症は歳をとると楽になるらしい。」 受験業界でも信頼の厚いカリスマ

講師ですが、こと花粉症に関しては・・・。 失礼ながら『本当か?』


 ② 乾燥

 歳と共に、年々乾燥肌がひどくなり、お肌も、唇も、踵もカサカサ。 あまりにもひどいので、リップ、

手には ジェルタイプ と クリームタイプ の2種類のハンドクリームを使い分 け、踵にはカンカンのニベアを

たっぷり塗って必死の防戦。 年寄りは年寄りなりにお金が掛かるのです。 顔には通年MOIST U N O。


 ③ 強風

 ♪「春一番が・・」待ち遠しかったのですが、なんか今年は風が強い日に限って、あちこちで火事が発生

しているような気がします。 乾燥しているから、なおさら燃えやすい。 消防車のサイレンを聞くとドキ

ッとします。 近所では、消防車以上に救急車のサイレンをよく聞くのですが。 誰かが救急搬送。


 ④ 寒暖差

 三寒四温。 七日周期で寒暖を繰り返して、春が進んでいく様子。 本来は冬の季語だったようですが、

最近は、早春にも使われているようです。 富太郎は寒暖差でもくしゃみ、鼻水が。 スマホに『明日は

寒暖差に注意しましょう』と表示が出ただけで憂鬱に。 「暑さ寒さも彼岸まで」 あとひと踏ん張り。


 ⑤ 黄砂

 「花曇り」という表現は綺麗だけれど、なんか外が どんより している日は、黄砂が飛んできているに違い

ない。 この時期、天気予報でも「黄砂が飛来するので、外干しは避けたほうが良いでしょう。」と注意喚

起してくれています。 工藤静香の♪「黄砂に吹かれて 聴こえる歌は・・」 (作詞:中島みゆき、作曲:

後藤次利)は、1989年9月の発売なので(「ザ・ベストテン」の最後の放送で第1位だった)、この時期に

日本に飛んでくる 黄砂 を歌った訳ではないようです。


 ⑥ 気圧差

 この時期は、高気圧と低気圧が交互に訪れ西から東に移動。低気圧が近づくときに頭痛を起こす人が多く

なるようです。 奥もその一人。 この時期、薬のお世話になることが増えます。


 ⑦ (春)雷

 上記で、低気圧の多くは前線を伴い、前線が通過するときに、積乱雲から雷が発生するらしいです。

 『下町は雨になりけり 春の雷』 正岡子規 (ベースボールを「野球」と名付けた、名付け親らしい。

雅号は、野球(のぼーる))


 以上 7つ が、体調不良を引き起こす『春の7K』。 「K」増殖中? 「熊」・・・。

 ♪「・・春なのに 春なのに ため息またひとつ 」 (作詞・作曲:中島みゆき)



 3月2日の「花粉大飛散」で、肋骨が折れたのでは

 ないかという大くしゃみを連発し、鼻水が止まらず、

 かみ過ぎて、鼻が真っ赤になった   富太郎(泣)

(とてもじゃないけど、ウォーキングに出られなかった

 のに体重は1㎏減。 くしゃみによる 体力消耗説 の

 富太郎 に対し、鼻水による 水分放出説 の 奥。 

 どちらも間違いのような気もしないではありません。)

 

 フォト/大学通り、レ・アントルメそばの植込みの

   『沈丁花』  花言葉は「栄光」「不死」「不滅」

        「永遠」「信頼」「勝利」「実らぬ恋」

  ビジュアル的に目立つのは、黄色い『菜の花』ですが

  花粉症の鼻にさえアピールしてくる『沈丁花』の香り

  は、まさに『春』です。 アピール対象は人ではなく

  虫なのでしょうが。 3月5日は『啓蟄』。

  春の雷のことを「虫出しの雷」と言うらしいです。

  冬眠していた生き物が、春によって目を覚ます。

  虫が苦手な 富太郎 にとっては、迷惑極まりない。

  昆虫も、「K」だっ。




2026年03月06日

富太郎の日常 279 『 春 雨 』

 今年の冬は、日本海側は大雪。 太平洋側は、少雨で水不足。 雨の日は苦手だけれど、ちっとは降って

くれないかと思っているうちに、春一番が吹きまして、週半ばから雨模様。 待ってました。 春雨。


 〇 雨 雨 権藤

 去年のワールドシリーズで、ドジャースの 山本投手 が連日登板したときに思い出したフレーズ。 

『権藤 権藤 雨 権藤』 今回の冬季五輪、スピードスケート女子の 高木選手 の連日の奮闘で、また思い

出しました。 そして、このフレーズには、続きがあります。 『雨 雨 権藤 雨 権藤』 500m、

1000m、団体追い抜き。全てで銅メダルを獲得し、本人が一番懸けていた1500mでは、最後の一周

でタイムが落ちて6位。金メダルを逃しました。 個人的には連戦で、スタミナ切れに見えました。 競技

の順番が違っていれば・・・、とも。 孤軍奮闘。 『高木 高木 姉 高木』 姉は元金メダリストで、

今回は解説者として現地に(バス旅の番組でも才能を発揮)。 競技終了後は『姉 姉 高木 姉 高木』と

情報番組に引っ張りだこ。 過密日程で、本命競技でやはりメダルに届かなかったのが、アメリカのフィギ

ュア男子のマリニン。 団体で金メダル。 ショートプログラムも首位だったのに、フリーで転倒し、総合

8位に沈みました。 本人も「何が起こったか、理解できない。」と述べていて『重圧』のせいと言われて

いるようですが、滑る予定でなかった団体のフリーを、日本に追い上げられたことで、前の日に急遽滑る事

になって、見事に結果を出したのだけれど、その ツケ が個人のフリーに回って来たのではないか。 出てく

れと言われて、断れなかったよう。 アメリカはいい意味で「個人主義」の国だと思っていましたが、去年

の山本投手といい、今回のマリニンといい、ちょっと変わってきたのでしょうか。 変な同調圧力でなけれ

ば良いのだけれど。 屋外の競技なら雨天中止、『恵みの雨』ということもあるのだろうけれど、屋内じゃ

ねぇ。 逆に屋外で、降雪打ち切り。メダルが幻に・・・っていうのも、なんだかなぁ。 残念。


 〇 『春雨や 猫に踊を 教える子』 小林 一茶

 春雨は、春に降る細やかな雨で、春の季語だそうです。

 国文学者の 坪内稔典さん の句 『春雨に まず二人来て 次に猫』

 2月22日は「猫の日」。 23日は「天皇誕生日」。 天皇家の 愛子さま が、保護猫を飼いはじめたと

何かの記事で読みました。 愛子さまが 譲渡会 にお出ましになったとは思えないので、どういう経緯か、

ちょっと気になります。 『マイ・フェア・レディ』のオードリー・ヘプバーンを連想してしまいました。

 富太郎が好きなのが、俳人 谷野由紀子さん の句 『春雨や 何するでなき 土曜の夜』

まあ、富太郎の場合「何するでなき」は、土曜日の夜に限らないのですが。


 〇 『月さま、雨が』

 維新前夜(「浮浪雲」と同時代)の京都。 三条の宿を出た時に 舞妓の雛菊 (若き日の美空ひばり)が、傘を

差し掛けながら言うと、月形半平太が『春雨じゃ、濡れて参ろう。』と答える映画のワンシーン。 

 月形半平太のモデルは、土佐藩士 武市半平太 という説が有力ですが、桂小五郎 の変名ではないかとの説

もあるようです。 福山雅治が 坂本龍馬 の役をやった、大河「龍馬伝」では、土佐藩郷士、土佐勤王党の

盟主武市(大森南朋、「ラムネモンキーでは、チェン役)は、竜馬の幼馴染で、親友でもありました。 殿様

山内容堂 (近藤正臣)に「下士は侍にあらず」と切腹させてもらえなかったのが、最後は武士として切腹を

許されて、涙を流して喜ぶというシーンが印象的でした。 桂小五郎、後に木戸孝允(谷原章介)も、竜馬の

仲介で薩長同盟を成功に導くという超大物ながら、「逃げの小五郎」と揶揄(?)されてもいたようです。

 イメージ的には、「桂小五郎変名説」がしっくりきますが、劇中で 桂小五郎本人 に会ってるんだよなぁ。

 市井の人の俳句、『春雨や 傘あればよし 無きもよし』 きっと作者は、月形半平太ファン のお父さん

だったに違いありません。 お母さんかな。

 

 「チャプチェ」を、千切りキャベツと一緒に食べるのが

 大好きな       富太郎

 (市原隼人さん主演の『美味しい給食』に、『春雨料理は

 絶対に出てきていたよな。』と思って見直し始めたら、

 早速、 SEASON 1 の、第1話に「春雨スープ」が

 登場していました。 「春雨」は学校給食によく似合う。

 夕べの我が家の食卓にも、「春雨スープ」が並びました。)


 フォト/ 村下孝蔵  『 歌人 ソングコレクション 』

     カセットテープ  1984年 5月 1日 発売

     上:表面  下:裏面

 B面の4曲目に「春雨」という曲が入っています。

 ♪「・・春の雨に 頬を濡らし 涙を隠したいから・・」

 いい曲なのだけれど、完成度ではやっぱり A面の6曲目

 『初恋』かなぁ。










2026年02月27日

富太郎の日常 278 『 伊太利亜 』

 冬季五輪ミラノ・コルティナ大会。 「こんなに連日メダルが取れて良いのでしょうか」というくらいの

日本選手の活躍に、大感謝の富太郎です。 それにしても、大興奮。 消音でオリンピック中継を観ながら

の毎朝の血圧・脈拍測定で、通常期間に比べて血圧はあまり変わりませんが、脈拍は10くらい多い。

大丈夫か富太郎?というくらいの興奮ぶりです。 それにしても、あまり『イタリア』感を感じないなぁ。


 〇 「J」ではなく「G」

 まずは、入場行進でビックリ。 アルファベット順の入場で、「J」の順番で入ってくるかと思ったら、

一足早く「G」で登場。  日本はイタリア語で「Giappone」って、知らなかっちたぁ。 思えば

人生でイタリア語にきちんと接したことってなかったかもしれない。 昔は、教育テレビで『イタリア語講

座』をやっていたような気がしますが、今もやっているのでしょうか。 『Mamma mia!』という

言葉はよく聞きます。 驚いたような表情と対のようだけれど意味はよく判らず。 サッカー「セリエA」

『ローマ』は有名。 『コルティナ』にもチームがあるか調べたら、高級山岳リゾート地でないそうです。

 何年か前に、国立市内で「イタリア日和」という催しがあり、料理や雑貨が随分と宣伝されていました。

またイタリアの『ズッカ』市と友好都市関係を結んだと、市の広報に出ていました。広報によれば「音楽家

プッチーニを生んだ音楽の街」だそうですが、失礼ながら存じあげませんでした。同じ友好都市でも『北秋

田市』は、昔仕事をしていた大館支店の管内なので、よく知っているのだけれど。 せっかくオリンピック

をやっているのに、現在国立市内にはイタリア感ゼロ。 もしかしてイタリアって宣伝下手?

 

 〇 ブラック富太郎

 日テレの「笑ってコラえて!」で時々やっている、『〇〇しちゃって、ごめんなさい』というコーナーが

あるのですが、オリンピック応援中の「悪い富太郎」について懺悔します。

 ・ ライバルの外国選手のパフォーマンス中に、「すっころべ!!」と叫んでしまって、ごめんなさい。

 ・ 贔屓の引き倒しで、「何やっとんじゃ、ボケ!!」と捨て台詞をはいてしまって、ごめんなさい。

 ・ 「2位じゃ、ダメなんです!!」とキチッと栄誉を称えなくて、ごめんなさい。

   『負けた時の態度に人間性が出る(敗者の品格)』という言葉を見るけれど、「勝った時の態度」の

   ほうが、よっぽと出ていると思います。 かつて、水前寺清子さんは歌いました。♪「勝った 負け

   たと騒ぐじゃないよ 後の態度がぁ 大事だよ」 外野で応援している人間も同じなのでしょうが、

   なかなか・・・。 人間だもの。

 ・ 自分の事は棚に上げて、『日本選手への誹謗中傷6万件以上』を見て「ふざけるな! 何様だ!!」

   と怒り爆発。 書き込みに対して「♡いいね」みたいに、「黙れ(くそったれ)!」ポチっとができな

   いものでしょうか。 っていうのは、ブラックすぎます? 人の痛みをわかっていただかないと。

   

 〇 イタリア文化

 そうだ。プッチーニといえばオペラ『蝶々夫人』だ。 とはいえ題名は知っていても、内容は知らず。

 イタリア映画と言えば、富太郎が思い出せるのは、「自転車泥棒」「太陽がいっぱい」「ひまわり」・・

くらい。 とにかく暗いという印象。 「ローマの休日」は明るい映画だけど、アメリカ映画。オードリー

ヘップバーンの王女はとても素敵だった。 役はイタリアを訪問した他国の王女さま。 そうか。マカロニ

ウエスタンは西部劇なのに、イタリアで制作されたんだ。 多くの作品で主役を演じたのがジュリアーノ・

ジェンマ。 ジェンマが来日した1974(昭和49)年10月14日は、長嶋茂雄さんの引退試合のダブル

ヘッダーのあった日でした。 イタリアとは関係ないけれど・・・。

 最後に「イタリア男性は女性を口説かなければ失礼だと思っている。」というのは本当でしょうか。

 記者に「不倫は許されないことか」と問われた際に、石田純一さんは『恋愛や不倫が、文学や芸術などの

「文化」を生み出す側面がある。』という趣旨の回答をされました。(『不倫は文化だ』とは言っていない

そうです。)  これと、イタリア文化とどう関係があるかと聞かれると、『う~ん、どうでしょう。』

 

 イタリアワインよりも、ドイツの白ワインを好む

 富太郎

 (「神の雫」の最新作が、山P主演でHuluで独占

 配信されています。 TVアニメ化も決定している

 よう。 主要登場人物に、イタリアワイン好きの

 通称 イタリア長介 なる人物もおりました。 いかりや

 長介さん を知らない世代も増えてきていますねぇ。)


 フォト/近所のスパゲッティ屋「いたりあ小僧」の看板

  富太郎が大学生の頃に開店した記憶があるので、もう

  業歴は50年近くになるのでしょうか。

  お店に入ったことは、2、3度しかないけれど。

   今週の読売夕刊、穂村弘さん(歌人)のエッセイ

  『蛸足ノート』のテーマは、「スパゲッティ」。

  やっぱり、イタリア = スパゲッティ。

  スパゲッティといえば「ママー」。我が家は1.6㎜。

  うん、『Mamma mia!』





2026年02月20日

富太郎の日常 277 『 天国と地獄 』

 NHK BS で放映された、黒澤作品『天国と地獄』を観ました。 録画だと、そのままお蔵入りにしそう

だったので、久しぶりにリアルタイムで。 時代劇はいくつか観ていましたが、現代劇は「生きる」をかな

り前に飛ばし観以来、もしかしたら初めてかもしれません(「生きる」を観たのはまだ今よりは若かった頃

なので、今観れば、印象は全く違うのではないでしょうか。 何せ、胃がんでなくなる市役所の課長よりも

ひと回りも年上になってしまっているのですから)。 で、観終わった印象。 世界のクロサワ恐るべし。

 正直、俳優さんたちのセリフ回しは、クサイといえばクサイ。 でも、当時(公開、昭和38年)は、

普通だったのでしょう。 ストーリー展開は、アメリカの警察小説が原作で、とてもよくできていました。

(本を読んでみようかと思ったくらい。) そして、出演者の顔ぶれの豪華なこと。 黒澤組って言うんで

すか。 W主演的な、三船敏郎と仲代達也。 犯人役の 山崎努 (NHKが付けたと思われる、最後の出演者

の表示を見るまで、誰だか解らなかった)。 ほとんどセリフのない警察幹部で 志村喬 (「生きる」「七人

の侍」では主演)。 刑事役で、木村功(「七人の侍」同様、若造)、土屋嘉男、名古屋章、その他大勢の

新聞記者役で、千秋実、北村和夫。 町工場の工員役で、東野英治郎。病院の焼却場の火夫で、藤原鎌足。

 まだ東海道新幹線は開通しておらず、在来線を走っていた当時の最先端 こだま が重要な役割。 小田原の

手前の「酒匂川の鉄橋」や、「江ノ電」も犯人逮捕に重要な役割を果たしていました。

 そして、犯人を追いつめて「いよいよ確保」というちょっと手前で、のっぴきならない電話が架かってき

て、戻ったら、なんということ。 犯人は既に拘置所の中でした。嗚呼。  でも、面白かったぁ。

                                          [敬称略] 

 〇 三船敏郎   こども(犯人が間違えて運転手の子だった)を誘拐された会社重役(たたき上げ)

 会社内の抗争もあり、精神的に追いつめられます。 他の作品のように、颯爽と、あるいは天下無双的な

ヒーローではないのが、ちょっと意外な配役でした。 「七人の侍」の下っ端感からは、だいぶん貫禄が。

 三船敏郎は、富太郎的には、役者さんというよりは、『飲んでますか?』のアリナミン(長嶋さんの『セ

コムしてますか?』は、このCMが源流かも。)、『男は黙ってサッポロビール』のCMの印象の方が強烈

です。 長谷川町子さんの「意地悪ばあさん」では、禁酒をしているお父さんに、ばあさんが『飲んでます

か?』とお酒を見せて「負ける俺も悪いにゃ悪い。」と晩酌をさせ、就職面接で何も話さず、最後に「何か

言うことは?」と聞かれて、『男は黙ってサッポロビール』と答えてサッポロに就職したという話が、実し

やかに語られました。 そういえば、お正月の「爆笑、レッドカーペット」で クールポコ が『なぁにぃ、

男は黙って箱根駅伝。 男は黙って箱根駅伝。』とやっていました。 箱根駅伝と言えば、サッポロだぁ。


 〇 仲代達也  誘拐事件の指揮を執る刑事部長

 1944年に、千田是也さん、小沢栄太郎さん、東野英治郎さん、東山千恵子さん等が立ち上げた『俳優

座』の出身で、1954年の『七人の侍』では、セリフなしの浪人役でしたが、1962年の『椿三十郎』

では、主人公(三船敏郎)の敵役に昇格。 まあ、最後には一瞬で切られてしまう役でしたが・・・。

 この作品では非常に有能な警部で、的確な指示で犯人を逮捕。 黒澤作品ではその後『影武者』(勝新

太郎の代役)で、カンヌ国際映画祭のパルムドールを授賞(1980)しました。

 昨年の11月にお亡くなりになりましたが、最後まで現役として舞台に立たれた一方で『無名塾』を主催

され、役所広司さん、滝藤賢一さん等、多くの俳優さんを育てられました。 『演劇人』と呼ぶに相応しい

方でした。


 〇 山崎努  誘拐犯 病院のインターン

 この映画では、最後まで演じているのが 山崎努 とは判らず。 当時26、7歳。 富太郎の 山崎努 は、

「必殺仕事人」の 念仏の鉄 であり、「八つ墓村」の頭に二本懐中電灯を差した殺人鬼であり、伊丹十三作品

の潰れかけた荻窪のラーメン屋の再建を助けるトラックの運転手や、脱税してマルサに追及されるラブホの

経営者であったり。 最近(?)では、山P、堀北真希主演の「クロサギ」の詐欺師業界の黒幕の役なんかが

山崎努 中の 山崎努 だと思います。 まあ、癖の強いこと。 サッポロのCMに出ていたような記憶も。



 『天国と地獄』というと、♪「カステラ1番 電話は2番

 3時のおやつは・・・」の子熊たちが踊る、文明堂のCM

 が思い浮かぶ       富太郎

 (あれはカンカンダンスらしいです。 もともとは1850

 年代に創られたオペレッタの歌曲で、お姉さんたちがスカート

 の裾をヒラヒラさせながら踊る、フレンチカンカンの定番曲。

 ロートレックさんに『ムーランルージュ劇場』という作品が

 ありました。絵の中でも『天国と地獄』が鳴っているよう。)


 フォト/和田誠さんの『お楽しみはこれからた PAR2』

 P75 『椿三十郎』の 三船敏郎さん と 仲代達也 さん。

 取り上げておきながら、和田さんにしては珍しく「ただ

 ひとつぼくが物足りなく思うのは、「用心棒」も「椿三十郎」

 も主人公の対決相手の強さ凄さを前もって描いていないとこ

 ろで、・・・。三船が強いのはさんざん描いているのだから

 仲代の方も目玉ギラギラさせているだけでは、手強い敵だと

 いう雰囲気はあっても、まだ押しが足らないと思うのである。」

 と手厳しい評価でした。 仲代さん、ちょっと気の毒。

  高校時代に、椿 くんというクラスメイトがいて、英語の

 先生に、あてられるたびに『椿三十郎』と呼ばれていたのを

 思い出しましたよ。



  余 談

 「朝型人間」にとってちょっと嬉しいのは、朝起きて

 テレビをつけたらLIVEで、冬季五輪の表彰式を

 やっていてセンターポールに「日の丸」流れる「君が代」。

 朝一番で直立不動。 そして鼻歌♪「やったね 全然本気

 君に夢中さ・・・」 1日分に余りある元気と勇気を

 頂きました。 ありがとう。 頑張れ、ニッポン!!




2026年02月13日

富太郎の日常 276 『私の東京百景Ⅰ6「新・旧 立川」』

 ここ数か月、立川駅周辺の商業施設以外に立川へ出かける機会が続きました。 思えば昭和30年代の終わりに実家が引っ越してきてから、付き合いは60年以上。 約5年ぶりに、テーマは「立川」です。


 〇 基地の街、ギャンブルの街

 子供の頃の立川の街は、駅北口のの近くまで米軍の基地があり、まだ傷痍軍人の人が座っていたり、上空

を米軍の大型輸送機が飛んでいたり。 富太郎の実家も住居表示実施前は「砂川町」という地名でした。

(憲法の重要判例として有名な「砂川事件」の砂川。 富太郎の実家のそばの『栄緑地』は、昔は基地に

燃料を運ぶ引き込み線で、昭和40年頃まで、小型の蒸気機関車が引っ張っていました。) 遡って戦前は

陸軍の飛行場だったようです。 立川の和菓子屋 伊勢屋さん には『飛行機最中』があったような記憶が。

 また、毎年年末に「競輪グランプリ」が開催される『立川競輪場』も当時からあり、赤鉛筆を耳に挟んだ

荒んだおじさん(当時)がゾロゾロ歩いていました。 そんなおじさん相手の大衆居酒屋も多数存在。

今は駅から競輪場までの輸送バスが出ていて、耳赤鉛筆おじさんはほぼ見かけなくなりました。

 (元不良、)俳優の 宇梶剛士さん が何かの番組で、他の出演者に「宇梶さんがいたから、怖くて立川には

遊びに行けなかった。」と言われたのを受けて、『パトロールをしていたんだ。』と答えていましたが、

そんな空気感の街でした。 子供たちだけで初めて立川に行った時には、ちょっと大人になった気分に。


 〇 立川広域防災基地

 1977年(昭和52年)に、米軍基地が全面返還され、跡地にはまず『昭和記念公園』が開園し(19

83年)、1998年に『多摩モノレール』が一部開通。 その後「首都圏での大規模災害発生時に『災害

応急活動拠点』『政府機能のバックアップ機能』」として、官公署が続々と移転終結。 富太郎が免許の

更新や返納に行った『立川警察署』、両親がともに救急搬送された『災害医療センター』、開業、廃業届に

行った『立川税務署』(確定申告はインターネット利用)、登記事項証明書をもらいに行った『立川法務局

』(司法書士試験の願書をもらいに行ったら、ここでは配布していないと言われた。出張先の甲府ではもら

えた。) ほかにも、「裁判所」「検察庁」「消防署」「市役所」(証明書類は、駅前の出張所で入手可)

等が集積しています。 箱根駅伝予選会スタート地点の陸上自衛隊の滑走路も、この一角です。

公庫の立川支店も移転しましたが、駅前の雑居ビルの中。 通るたびに不思議な気分で見ています。ココ?

 先日も、『災害医療センター』に行ってきましたが、歩くにはちょっと遠く、バスだと2停留所、ものの

5分。なんとも微妙な距離。 そういえば、その昔警察に行こうとしてバスを乗り間違えて、延々と歩いて

戻ってきた苦い思い出も。  もう少し駅に近いところに『たましん(多摩信用金庫)』の本店が移転。

富太郎が大学に合格した時に、親に入学金を多摩信金で下ろして、自分で銀行で振り込んでくるように言わ

れて窓口で手続きをしていたら、窓口のお姉さんに「何にお使いですか?」と聞かれて、「入学金です。」

と答えたら、ほっとしたように「おめでとうございます。」と言われたのだけれど、親の金、もしくは他人

の金を勝手に引き出す、不届きな若造と思われたのかもしれません。 これが1976年。基地返還前年。


 〇 タチヒ ゴルフ練習場

 10年ほど前まで、このあたりで一番大きなゴルフ練習場(180打席、240Y)があった跡地には

(昔の「立川飛行機」の本社があった場所)『ららぽーと立川立飛』ができました。 同じ住所に、昨年

浅田真央さん の『MAO RINK TACHIKAWI TACHIHI』がオープン。 『立川ダイス』と

いうプロバスケットボールチーム(B3リーグ)の、メインホームアリーナは『アリーナ立川タチヒ』。 

と、あの辺りは『タチヒ』一色。 パリ五輪のフェンシング団体銅の 江村美咲選手(中大卒) は『タチヒ』

の所属だし、中大陸上部の記録会にも『タチヒ』の冠が付けられています。 タヒチグループは、約100

万㎡(東京ドーム21個分)の土地を所有、賃貸している不動産屋さん。 まさに地域文化のパトロン。

 まだまだ、何かやってくれそうな気がします。


  選抜の出場校が決まり、プロ野球のキャンプイン、

 立春、冬季五輪開幕と「お楽しみ」は多いけれど、

 花粉症の先駆け?で、くしゃみ・鼻水が出始めた

 富太郎  (涙目)



 フォト/立川駅北口のペディストリアンデッキにある

 モニュメント『風に向かって』 作者:赤川ボンズさん

 飛行場があった関係で、戦前立川は「空の都」と呼ばれ

 ていたらしいです。 「飛行機は立川のシンボル」との

 表現も。 赤川さんは銅版作家で、1974年から市内

 の工房で創作活動を続けている74歳。 もう50年

 以上。 立川に米軍基地があった頃からというのが凄い。

 ♪「・・あの子の命は ひこうき雲・・」(1973年)

 ユーミンも半世紀以上。凄い。










2026年02月06日
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