富太郎の日常 264 『あの頃 私は 1984」
『もしもこの世が舞台なら 楽屋はどこにあるのだろう』の時代設定が、1984年の秋。 これは、作
者の 三谷幸喜さん が1961年の生まれで、大学卒業後に脚本の仕事を始めたタイミングなので必然。
と思っていたら、『おいしい給食』の時代設定も、1984年の夏から秋??? 何かあるのか?
1984年。 わかりません。 41年前。 あの頃、富太郎は、社会人5年目で、立川から大森に
転勤して2年目。 1年目は借りてきた猫だったのが、2年目になって わがまま富太郎 が顔を出し・・。
世の中、いろいろとあったことを思いつくままに。 多少の年のずれ、勘違いはご勘弁を。
〇 かいじん20面相
記憶の中で、この年一番大きな事件が『グリコ・森永事件』。グリコの社長が誘拐されたり、小売店に
青酸入り菓子を置いたと企業を脅迫したりした犯人が「かいじん20面相」を名乗り、後年、公訴時効と
なり、完全犯罪が成立しました。 今なら防犯カメラその他の捜査手法が進歩しており、速い段階で解決
していたと思われます。 にもかかわらず、最近「トクリュウ」とか「押込み強盗殺人」だとか、犯罪が
大規模、凶悪になっているのは、どうしたものか。 我が家にも毎日のように、その手と思われる電話か
架かってきます。 そういえば、この事件の第一報は、訪問先のお客様のお店のラジオで聞きました。
この事件と関係があるとは思えませんが、この年に「新紙幣」が流通されました。 1万円札は、初めて
聖徳太子以外の、福澤諭吉さんに。 5千円札は、新渡戸稲造さんで、千円札は夏目漱石さんに。 まあ、
富太郎が主にお世話になっていたのは、夏目さんでした。 新渡戸さんは、まったく記憶にありません。
金融機関にいながら、ほとんど札勘をする機会はなく、不動産の任意売買に行かされた時、うまくお札を
数えられずとても恥ずかしい思いをしたことがありました。 でも、合宿で集金したお金を勘定した時に
十枚ごとの束を、11枚めで挟んで、金額が足りずにパニックに陥入れたのは、ヤダちゃん です。
当時は、現金集金、宿にも現金払いでした。 お給料が振込みになったのは、何時からだっただろう。
〇 冬季、夏季、同年開催
この年はオリンピックイヤーで、冬がサラエボ、夏がロサンゼルス。 冬季五輪では、日本はメダルを
取れることが珍しく、サラエボではスケート500mの北沢選手の銀ひとつ。 期待の黒岩彰選手が失速し、
日本中がガッカリしていた時に、後の組で滑った北沢選手が大銀星で、富太郎、大興奮だったことを覚えて
います。 そうだ、この頃はまだ冬夏同年開催だった。 1994年のリレハンメル冬季五輪を、92年の
2年後に短縮して、2年ごとに冬夏交互に開催するようになったんだった。 商業主義が裏にあったよう。
ワールドカップとの関係で、夏季ではなく冬季をずらしたと思われます。 来年がその年。楽しみ~!!
一方ロス五輪はメダルラッシュ(1980年のモスクワ五輪ボイコットへの報復で、ソ連等東欧諸国が不参加
だったことも影響したかも。) 金メダルは、お家芸の体操で3個(王者、具志堅。鉄棒の森末)、レスリング
で2個、柔道で4個(無差別級決勝で足を怪我した山下の、足を責めずに堂々と一本負けしたエジプトのラシ
ュワン選手が称えられました。柔道だからかも。) そして、意外と言っては失礼ですが、ピストルの蒲池
猛夫選手、48歳、孫あり。 当時、売り出し中だった松田聖子さんの本名が 蒲池 で、親戚ではないかと
噂されましたが、その後立ち消えになったので、たぶん違ったのでしょう。 ちなみにZARDの坂井泉水
さんの本名も 蒲池 ですが、聖子さんとも親戚筋ではないようです。
参考までに、この年の巨人は、王監督1年目で、巨人最強助っ人クロマティーも入団し、期待しましたが
リーグ3位でした。 日本シリーズは 広島 対 阪急 。 巨人ファンにとっては、オープン戦(失礼)。
高校野球では、PL学園、桑田・清原のKKコンビは2年生で、春は岩倉高校(東京)に、夏は取手二高
(木内監督)に決勝で負けて、それぞれ準優勝でした。 秋田金足農業が春、夏初出場。 夏ベスト4。
大相撲は、年6場所のうち2場所で、「南海の黒豹」と呼ばれた 大関・若島津 が優勝しましたが、あと
一歩、横綱には届きませんでした。 この年だったか、翌年だったか 若島津 は同郷のアイドル 高田みずえ
さんと結婚。 高田さんのヒット曲と言えばは「硝子坂」「私はピアノ」「そんなヒロシに騙されて」等。
やはりこの頃、テニス部の ヒロシ先輩 が なっちゃん と結婚。 富太郎は人生で初めて礼服を購入した
のですが、披露宴の当日は雨(みぞれだったかな)。 まさに、雨降って地固まる。
〇 芸能界隈
この年のカネボー春のキャンペーンソングが、松田聖子さんの「Rock'n Rouge」。作詞:松本 隆 、作曲:
呉田軽穂(ユーミン)という豪華な1曲。 一方、花の82年組 中森明菜さん は、①北ウイング、②サザン・
ウインド、③十戒、④飾りじゃないのよ涙は、と絶好調な1年でした。 職場の運動会で、富太郎のいた
大森支店は、全員浴衣で「もしも明日が・・・」(わらべ)を踊りました。(翌年は「夏ざかりほの字組」)
角川映画も絶好調で、薬師丸ひろ子さんの「メインテーマ」「Wの悲劇」。原田知世さんが「愛情物語」
「天国に一番近い島」。 一方「男はつらいよ」では、寅さんがマドンナ(竹下景子さん)に惚れられるとい
う稀有な展開。 なぜ寅さんは身を引いてしまったんだろう。
あの頃、新刊本(カッパノベルズ)が出ると、すぐに買って読んだ「三毛猫ホームズ」シリーズ。 テレビ
ドラマもやっていて、主人公の片山刑事を 石立鉄夫さん (「チィぼう」)、妹役だったか、恋人役だったかを
坂口良子さん。 やはりドラマで「俺はお前たちを殴る。」の『スクール☆ウォーズ』。 モデルとなった
伏見工業(現、京都工学院)高校は、今年は県大会の決勝で敗れて、2年連続の花園はなりませんでした。
テレビアニメでは、『キャッツアイ』。 猫好き、アニメおたくの しばニャン が毎回カラオケで熱唱。
「私はコレで会社をやめました。」の『禁煙パイポ』CMが大当たりしたのは、この年だったと思います。
最後に、毎年発表されていた「入社年度別新入社員タイプ」昭和59(1984)年バージョン。『コピー
食品型』外見のみ本物風で手間いらずだが、歯ごたえがなく、栄養も心配。 ちなみに富太郎が入社した
55年は『コインロッカー型』こぢんまりと画一的で、外見も反応もすべて同じ。 喧嘩売ってる?
体重の増減が一進一退で、せっかく願掛け禁酒が解けた
のに、なかなか飲めないでいる 富太郎
(♪「 どおして おなかが でるのかな おやつを
たべると でるのかな がぁまんしてても でるもんなぁ
かあちゃん かあちゃん おなかに ズボンが
くいこむぞ 」 嗚呼・・・(泣)
フォト/『1Q84 BооK 1 <4月-6月>』
村上春樹 著 2009年5月 初版発行 新潮社
Book3まである長-いお話なので、躊躇ってまし
たが、今回の「1984」にちなみ心が動いたところ
へ楽天BOOKから千円OFFメールが。 渡りに船。
主人公の二人は、1984年に30歳ということは、
1954(昭和29)年生まれ。 女性主人公の 青豆
(本名)は、殺し屋(仕置き人)。 男性主人公の 天吾
は、数学の予備校講師で作家の卵。 青豆の活動の
中心は渋谷界隈。 天吾の活動の中心は新宿界隈。
二人の話が一章ずつ交互に展開されて、半分近くまで
読み進んで、やっと交わりが見え始めたところです。
描写がきめ細かくて引き込まれますが、章が多い。
富太郎は「騎士団長殺し(2017年)を先に読んで
しまったので、「時空間のずれ」とか「意識の歪み」
とか、ちょっと既視感も。 「年上の女性」という
のは、村上作品のお約束でしょうか。 「騎士団長」
が 小田原 の丘陵に対して、「1Q84」は 二俣尾
(青梅より先、奥多摩)。 新宿から中央線に乗って
国分寺、国立、立川駅乗り換えの描写も出てきます。
ワクワクしながら読んでいるのですが、勉強が・・。
いつか、まとめて取り上げたいと思います。