富太郎の日常224 『 1975 (昭和50年) 』
今年は昭和で言うと100年。 去年10-12期のドラマ『嘘解きレトリック』の舞台が「昭和元年」。
往年のドラマ『時間ですよ昭和元年』というのもありました。 100年前というと、すごく昔のような
気がしますが、50年前(昭和50年)だと、いろいろと鮮明に記憶に残っていて、「ついこの間」感あり
のような気もします。 『昭和ブーム』とかで、映像等をよく目にするからかもしれませんが・・・。
富太郎の思い出す「昭和50年」頃です。 超個人的で、すみません。 高校3年生でした。
◯ 野球界
まずは、春の選抜。 入場行進曲は「お母さん(森昌子)」でした。 「入場行進を、見る意味が分から
ない。」などとクラスの女子に皮肉を言われながら、NHKのスポーツテーマの曲がかかるのを心待ちにして
いたものです(最近は、曲なしでいきなり語りに入ってしまって、寂しい)。 そして優勝は、原辰徳のいた
東海大相模に勝った高知高校。 杉村というサードの中心選手がいました。 夏の大会は、小川君(大学で同
じクラスだった)のいた習志野高校が、続木 捕手のいた新居浜商業を破って優勝。 奇しくも、杉村選手と
小川君は後年ヤクルトの同僚となります。続木捕手は阪神に入団。「田淵の後継者」との声もありました。
一方プロ野球は、前年現役引退した長嶋さんが監督1年目で、球団史上後にも先にも一度きりのセリーグ
最下位。 その時の状況を まっさん(さだまさし、当時はグレープ) は「朝刊」という歌の中で、♪「・・・
また 巨人が負けたってさって 高田の背番号も知らないくせに・・・」 と歌っていましたが、こういう
歌詞にしてしまったことを、長嶋ファンのまっさん は後年後悔していました。 で、この年の日本シリーズ
「広島対阪急」について、巨人ファンは「なんでぇ、オープン戦じゃぁねえか。」と負け惜しみ。 これは
いかんという事で、翌年 張本 と 加藤初(投手) をトレードで獲得し、見事にリーグ優勝 (でも日本シリーズ
は阪急に負けた)。 ちなみに、高田の背番号は 8 でした。
◯ テレビ・歌謡界
この年のレコード大賞は、布施明の「シクラメンのかほり」。 新人賞は、細川たかしの「心のこり」。
最後まで新人賞を争ったのが、岩崎宏美「ロマンス」。 去年の紅白で久しぶりに歌われた、イルカの「な
ごり雪」が発売されたのがこの年で、フォークでは、風の「22才の別れ」、バンバンの「いちご白書を
もう一度」等々。 アイドル系では、新御三家、野口五郎「私鉄沿線」「甘い生活」。西城秀樹「曲・浮か
ばず泣」、郷ひろみ「誘われてフラメンコ」。 女性は、山口百恵「夏ひらく青春」「冬の色」、桜田淳子
「はじめての出来事」「十七の夏」、アグネスチャン「白い靴下は似合わない」。そしてキャンディーズの
「年下の男の子」もこの年。 演歌では、八代亜紀「女の夢」、五木ひろし「千曲川」、西川峰子「あなた
にあげる」、敏いとうとハッピー&ブルー「わたし祈ってます」、内山田洋とクールファイブ「中の島ブル
ース」。 突っ張りブームの先駆けダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコス
カ」。 変わったところでは、騎手の増沢末夫「さらばハイセーコー」。 ハイセーコーから50年かぁ。
当時は、まだテレビにベストテン番組は無く、日曜日になると1日中ラジオ各局のベストテン番組を梯子
していました。 たくさん書き出しましたが、みんな歌えるなぁ。 まだ、いろいろなジャンルがごちゃま
ぜ状態だったけれど、富太郎はこの年に「ルージュの伝言」を聞いて、荒井由実を知りました。放送委員が
「またかよ」というくらい昼の弁当の時間に繰り返し流していたものですから。 中島みゆきの「時代」も
この年。ニューミュージックという言葉は知りませんでしたが、この年あたりから何かが変わったのかも。
そういえば、ドラマの主題歌、挿入歌でヒットした曲も多かったです。 ジュリーが3億円事件の犯人役
をやった『悪魔のようなあいつ』の主題歌「時の過ぎゆくままに」。『寺内貫太郎一家2』の挿入歌「北へ
帰ろう(徳久広司)」。『時間ですよ昭和元年』の挿入歌「昭和枯れすゝき(さくらと一郎)」は大ヒット。
中村雅俊主演の『俺たちの旅』。同名の主題歌よりも、富太郎はエンディングの「ただおまえがいい」が
好きでした。♪「・・・また会う約束などすることもなく それじゃあまたな と別れるときの おまえが
いい」。 吉祥寺や井の頭公園がよく出てきました。 カースケ、オメダ、グズ六、わかめ。 「ああ、
日曜日が終わってしまうなぁ・・・」とちょっと切ない気分でした。
おっといけない。 南沙織「人恋しくて」 ♪「・・・暮れうそで 暮れない 黄昏どきは・・・」を
書き忘れていました。 南沙織ファンの方、ごめんなさい。 あ、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」・・
◯ 本の世界
高校も後半になるまで、ほとんど本を読む子ではありませんでした。 きっかけは北杜夫の「どくとるマ
ンボウシリーズ」。そこから狐狸庵先生遠藤周作の「ぐうたらシリーズ」、星新一の「きまぐれシリーズ」
さらには、庄司薫の「薫くんシリーズ」、井上ひさし作品へと広がっていったのですが、いずれにしても
軽い。 「楡家の人々」は読みましたが、「沈黙」やサリンジャーは大学生になってからでした。
当時の富太郎の読書タイムは、早くに登校しての教室。後にとても仲良くしてもらった ともお君 の富太郎
の最初の印象は、「早くに登校すると、もう教室の席でひとり、本を読みながらニヤニヤしている変な奴」
だったそうです。 自覚あり。 そんな富太郎を見て、陸上部の せきもと君 が、『これ、面白いよ。』と
貸してくれたのが、松本清張の「点と線」。 軽い本しか読んでいなかった富太郎には重かったのですが、
好意を無にしてはいけないと必死に読んで、『面白かった、ありがとう。』と返したら、早速次に貸して
くれたのが『砂の器』。重い、重い。 でも、読書の奥深さを知り、やはり大学生になってから、「昭和史
発掘」を読むこととなりました。 ちなみにこの年に、和田誠さんの「お楽しみはこれからだ」が、一冊の
本になって発売されたのですが、買えたのは、ずっとずっと後になってからでした。今も時々読んでます。
最近『時の経つのが早くなった。』と言う人が大勢います。 富太郎もそう思います。 技術の発達も
大いに影響していると思いますが、歴史ドラマで織田信長が♪「・・人生50年・・」と舞っていた時代と
比べると寿命が延びて、50年前は「はるか昔ではない。」と、今回書き出してみて改めて思いました。
それにしても、50年経った今でも、「現役バリバリ」の人がなんと多いことでしょう。 素晴らしい。
お正月だったし、箱根駅伝でのシード権確保
も受けて、禁酒を解除した 富太郎
(リバウンドを警戒して、まだウォーキング
をした2日に対し1日だけに抑えています。
今のところ、体重増加は1kgの範囲内。
飲み始めてしまったので、何時まで我慢し続け
られることやら・・・)

フォト/ 寒中お見舞い申しあげます
(の POST CARD)
『What a WONDERFUL DAY ! ! !』
との題名がついていました。
皆様にとっても、毎日が素敵な日でありますように。
富太郎は、今年も鼻歌を歌い続けると思います。
蛇 足
練習場で、ジョージアのボトルコーヒーを飲んだら。
『EST.1975』 と書かれていました。