富太郎の日常164 『 鳴かぬなら 』
『鳴くまで待とう ホトトギス』。 『どうする家康』がとうとう山場、「関ヶ原の戦い」に。
三成側の西軍に、裏切りが続出し、家康の東軍が勝ったのですが、以前アメリカ軍の戦略責任者的な人が、
陣形を見た途端に、西軍の勝利を口にしたと何かで読みました。 なぜ、家康が裏切りが起こることを確信
して陣を前に進めたのかはよくわかりませんが、『狸おやじ』の『狸おやじ』たる所以でしょうか。
〇 肥前の殿様
信長なら『殺してしまえ』と言っただろう。秀吉なら『鳴かせてみせよう』と言っただろう、と句にした
のは、肥前国(今の佐賀・長崎)平戸藩の藩主のお殿様らしいです。江戸時代の後期に三人の天下人の性格
をあらわす句として「甲子夜話」という随筆に書いたのだとか。 「講釈師、見てきたような嘘をつき」
ではありませんが、嘘とは言わないまでも、「会ったこと、ないでしょう」的な。 そもそも、本人たちが
生きていたら、こんな表現をしたら切腹ものでしょうに。 それにしても、300年も後の一般人にまで
イメージを植え付けるとは、とんでもないインフルエンサーぶりであると、感服いたします。
〇 静岡の県民気質
「家康の出世城」と言われる浜松の支店にいたときに、地元の方に教えていただいた静岡県民の県民気質
は3つの地域で、それぞれ分かれているとのことでした。 あくまでも地元の方の表現で、『駿河乞食に
遠州泥棒 伊豆の飢え死に』。 飢饉などが起こったときに「駿河の人はお上に頼って物乞いをし、遠州の
人は泥棒をしてでも自分の力で食べ物を手に入れる。伊豆の人はのんびりし過ぎているのでそのまま餓死
してしまう。」ということだそうです。 (もうちょっと違う例えでもいいような気もしますが・・・。)
あくまでも、地元の方の説明です。 悪しからず。
〇 三者三様
信長、秀吉、家康は「三英傑」。尾張、紀伊、水戸は「御三家」。元祖御三家は、橋幸夫・舟木一夫・西
郷輝彦で、新御三家は西城秀樹・野口五郎・郷ひろみ。三人娘は、美空ひばり・江利チエミ・雪村いずみ。
花の中三トリオは、森昌子・桜田淳子・山口百恵。キャンディーズはスーちゃん・蘭ちゃん・美樹ちゃん。
それぞれに個性があって、三者三様の魅力なわけですが、「三種の神器」「日本三大○○」「三冠王」
「三役そろい踏み」「三羽烏」「三本締め」「三度目の正直」・・・。いろいろなところで「3」が登場
するのは、日本人は「3」が好きだからとの説があります。 その理由は、日本人の性格が白(1)でも
黒(2)でもない、白黒はっきりさせないよう「3」を好むから、とか。「3」は「みっつ」→「みつる」
→「いっぱい」→「完全」→「めでたい」から、とか。富太郎的には「長嶋さんの背番号が3だったから」
もちろん「3」が好き。 ただ、「五三八」という言葉があって『「5」「3」「8」の多い数字の
帳簿には気をつけろ。粉飾の可能性が高い。』と教えられ、教えていたものです。
〇 十人十色
「個性の時代」といわれ、自分の色が以前と比べると随分と出しやすい世の中になってきたようです。
(「そうでもない。常に周りの空気を読んでいないと。」との意見もあるようですが。ちょっと、残念。)
彼の経営の神様、松下幸之助さんは『鳴かぬなら』に続けて『それもまたよし ホトトギス』と詠まれた
そうです。 「受容」「認容」を表していて『その後がある』と受け取るのが通説のようですが、「やって
みなはれと言っているのに、なぜやらない。替えはいくらでもいるよ。」とも読めてしまうのは、富太郎の
(サラリーマン)根性が曲がっていたから? 『鳴かず・飛ばず』。 「ポン!」してみるかぁ?
日曜日の夜は、「どうする家康」「下剋上球児」
「セクシー田中さん*」とTVドラマが充実していて
うれしい悲鳴の 富太郎
(もちろん、早い時間に眠くなってしまうので、
後日、録画視聴です。)
フォト/その昔、日光でお土産に買った(と思われる)
『葵の御紋の印籠』
「えぇい。この紋所が目に入らぬか! 頭が高い!」
♪ チァン、チャチャチャン、チャチャチャン、チャチャチャチャチャチャ
「 人生 楽ありぁ 苦もあるさぁ~・・・ 」
が、やりたかったのかなぁ。 カラオケで。
おまけ*
「セクシー田中さん」の主人公、税理士資格を持つ40代
OL田中さんのセリフ『若い人に、3倍努力すれば追いつける
10倍努力すれば追い越せる。』に感銘。
頑張れ、田中さん!!