富太郎の日常151 『 12 』

 いやぁ、なでしこ残念でした。 クロスバーに2回も阻まれるとは・・・。 どちらかが入っていれば。

「れば」「たら」ではありますが、勝負は厳しい。 でも大いに楽しませていただき、大感謝です。 

 澤さんのヒールシュートが、米国選手に当たって同点ゴール。PK戦で最後に熊谷さん(現キャプテン)

が決めて、優勝してから12年。 新しい力も台頭し、来年のパリ五輪も、期待大です。

 ○ 2011年

 なでしこが優勝した12年前。 東日本大震災があったあの年。 なでしこの優勝に、どれだけ元気を

もらったか。 「がんばろう!日本」の合言葉のもと、あの年も甲子園は、盛り上がっていました。

 ダイナマイト慎吾の 東大阪大柏原高校 が出場したのも、この年。 決勝では日大三高が光星学院(青森

巨人の坂本がOB)に圧勝。 この両校は、今大会にも出場し、三回戦までまで勝ち上がりました。

 というか、今年出場している49校のうち12校が、この2011年(93回大会)にも出場してた学校。

各県の有力校といえばそうなのですが、何かの周期がリンクしたような気もします。

 なんとベストエイトに3校(光星・花巻東・神村学園)も。 日大三高は三回戦で負けました。残念。

 ○ 1957年

 8月15日は、78回目の終戦記念日でした。 富太郎が生まれた1957年は、東京大空襲、広島・長崎

への原爆投下、そして終戦のあった年から12年後。 それしか経っていなかったんだと改めて思います。

平和の有難み。これは、先人たちの犠牲と努力の賜物であり、また、今も世界には戦争で苦しんでいる人が

いるということは、片時も忘れてはいけないことだと思います。 黙とう。

 さて、この1957年に何があったか。 「熱闘甲子園」のスポンサー、コカ・コーラが日本で販売を開始

し、小田急のロマンスカーが走り始めました。 日本シリーズは、西鉄(本拠地は福岡、今のライオンズの

前身)が、巨人を1引き分けを挟んで4立て。 この年に長嶋さんの巨人入団が決まります。(翌年も、

鉄腕稲尾が四連投して、優勝し三連覇。「神様・仏様・稲尾様」の有名フレーズが誕生) 夏の甲子園は、

広島商業が、法政二高(神奈川、今は男子ハンドが全国の常連)を破って全国制覇しました。

 その他、売春防止法の施行とか、満州国皇帝だった溥儀の姪である学習院大学生と同級生の男子学生との

心中事件(赤城山心中)なども。 満州国皇帝と出るあたりが、終戦からの近さを感じます。

 ○ 巨人の背番号12

 巨人の背番号12でまず思い出されるのが、1957年の三年後、1960年に二年生エースとして夏の甲子園

を制して入団した 柴田 勲 外野手(その後背番号7に)。V9時代の1番バッターで、スイッチヒッター。

俊足「赤い手袋」が代名詞の盗塁王。 ペプシコーラのCMは「赤い手袋で、走る!走る!走る!」

 その後では、ゴジラ松井の同期のキャッチャー村田善則(佐世保実業)ゃ、足のスペシャリスト鈴木尚広

(福島・相馬高)などが長年付けていました。 現在は昨年のドラフト二位、萩尾外野手(慶大)です。

 意外なところでは、外人助っ人トマソンが1981~82年の二年間付けていたようです。富太郎は、まったく

記憶にないのですが、最近新聞の夕刊小説「遠くまで歩く(作者:柴崎友香)」で、『トマソン』という語

が頻繁出てきてます。「不動産に付着して美しく保存されている無用物」のことを、まったく打てないこの

外人選手に引っ掛けて、『超芸術トマソン』と作家の 赤瀬川原平 さんが命名したのが始まりなのだとか。

 それにしても、野球では忘れられていても、こんな形で日本に定着しているとは、トマソン氏はどんな

心持でしょうか。知らないか。で、調べてみたら、背番号は12だったわけです。20ホーマー、132三振。

 ○ 12進法

 1年は12か月。これは、満月が年に12回あるからだそう。1日は24時間で、午前午後各12時間。

1フィートは12インチと、西洋は元々12進法だったようですが、中国をはじめとするアジア圏でも、10

干(甲乙丙丁戊己庚辛壬發)と支(えと)の組み合わせで、年・月・日・時間・方位・角度・ものごとの

順序づけをしてきました。 甲子園の「甲子」は干支の「1」で、「發亥」の「60」で一周。 つまり、

『還暦』です。 洋の東西を問わず、12がものごとの基準になっているのは、ものの本によると、木星の

公転周期が12年なのを観察して、古の人たちが長い年月をかけて体験的に約束事としたからのよう。

 12すげぇ。 12は、2・3・4・6で割り切れて、端数が出にくいので、最も美しい数字との説も

あるようです。先ほどの甲子園の出場校の話ですが、12年前の出場校と今年の出場校の重なりが多いのは

出場周期が「ほぼ毎年」「2年に1度」「3年に1度」「4年に1度」「6年に1度」「12年ぶり」の

出場校が重なるからなのではないか・・・。なあんて適当なことを言っていますが、これも12マジック?


 毎日「熱闘甲子園」を観て、感動して涙を

 流している  富太郎 (歳のせい説あり)

 (それにしても、大垣日大の阪口監督には

 恐れ入りました。ベンチで立っているのも

 しんどそうに見える79歳にして、あの情熱。

 12年後の富太郎よりも年上とは・・・。

 「まだまだ何かができる」と勇気というよりも、

 「やらねば!」との檄をいただきました。


 フォト/初代ロマンスカー3000系

 (小田急のホームページより借用)

 小田原で単身赴任になった後、金曜月曜に

 毎週お世話になっていたロマンスカー。

 車内販売が廃止になってしまったのは、

 とても残念。 紅茶も頼めたのだけれど。




   追 伸

 8月14日に法務省から、司法書士試験択一式

 の「基準点」の発表がありました。

 午前78点 (26問)

 午後75点 (25問)

 ほぼ、各予備校の予想どおり。

 自己採点ではクリアしているので、

 やはり当落は、記述式の基準点(足切り)次第に。













2023年08月18日