富太郎の日常『東京のへそ(私の東京百景11)』
「東京のへそ」の異名を持つという、杉並の『大宮八幡宮』は、 源頼義 に建立されたという由緒正しき
神社で、HPにも堂々とその旨が表示されています。 また、新選組で有名な日野市のHPでも、東京都の
ほぼ中央に位置しているとして、「東京のへそ」がアピールされています。
しかぁし、今回富太郎が取り上げるのは、「日本数学検定協会」お墨付きの、まさに、まさぁに、
「東京のへそ」である、国分寺市の『富士本90度公園』。今回、直接出向いてみました。 ではご案内。
〇 JR鉄道総研
国立駅北口から、北に向かう通り。商店街が切れると左側に「鉄道総研」の建物群。ここで『新幹線』が
開発されました。東海道新幹線が開通したのが、前回の東京オリンピックがあった昭和39年10月1日。
富太郎は開通式をテレビで見た記憶があり、「おさぼり?」とも思ったのですが、考えたら『都民の日』で
学校はお休みだったのですね。 現在、この辺りは「光町」という町名ですが、これは新幹線の「ひかり」
から命名されたそう。 それまでは「平兵衛新田」と言っていました。そういうバス停があった記憶が。
今でも「鉄道総研」の中に入れる、年に一度のお祭りは「平兵衛まつり」と呼ばれています。
〇 稲荷神社
さらに道なりに進んでいくと、変則の六叉路があり、その一角に面して建っているのが「稲荷神社」。
1700年代前半の「享保年間」に、新田開発の鎮守の目的で建立された神社です。 富太郎が学生の頃は、
今よりも敷地が広く、お社もかなりぼろかったのですが、ある時敷地の半分にマンションが建ち、お社は
大変立派になりました。
〇 国分寺市立第二小学校
六叉路を右折し、戸倉通りに入り、坂を上ります。この辺りは立川の方から、大田区の田園調布の方まで
ずっと崖になっています(国分寺崖線[がいせん])。太古に多摩川が南へ流れを変えていく過程で、浸食
作用でできた崖地の連なりなのだとか。(忌野清志郎さんの歌に出てくる「多摩蘭坂」もこの崖の一部。)
この坂が現在工事中で、車が渋滞していました。いよいよ年度末。 で、坂を上ったところに国分寺二小。
富太郎は、この小学校に入学。当時は、木造校舎で、二宮金次郎像もちゃんとありました。なんでも、明治
6年に寺子屋から発足した、国分寺市内最古の学校なのだとか。向かいにあった富太郎が「見える」ボール
ペンを買えなかった文具の「おおの」はすでになく、デイサービスの施設あり。 時はめぐる・・・。
校庭では、低学年の生徒たちが、元気に体育の授業中。
〇 富士本90度公園
二小の先、横断歩道を渡って次を左折。住宅街の中を目的の公園が見つからず、ウロウロ。きちんと区画
整理がされているわけではなく、道が迷路のようで、たぶん分譲されるたびに条例か何かで公園を造らな
ければならない関係か、狭いエリアに小さな公園が多数。 今の物騒な世の中、「怪しい奴が!」と警察に
通報されるのではないかと、かえって挙動不審?に。目的の公園にたどり着くのに、駅からおよそ20分。
「東京のへそ」を示すものとして検定協会の名前の入った看板。『東京でたった1点のみバランスが取れる
中心点(重心)』なんだそうです。あと、やけに立派な「手押しの井戸」がありました。 この公園は、
なぜ「90度公園」というのでしょうか? そもそも公園名の表示もなかったし。 なぞは深まるばかり。
♪「おべんと付けて どこ行くの 大宮公園
ひと回り」の大宮公園は、大宮天満宮界隈だと
ずっと思っている 富太郎 根拠はなし

フォト/上 富士本90度公園の、「日本数学
検定協会」が設置した『東京都の中心(重心)』
の看板。 斜めってて、すみません。
医者に車の運転を止められる訳だ。
下 鉄道総研 隣接の「ひかりプラザ(市の施設)」
に展示されている『新幹線0系』
クラウドファンディングで化粧直しをしているよう。
携帯で撮っていたら、通りかかった保育園児の
「写真撮ってる」に、保母さんが「カッコいいからね」
とのお返事。 ちょっと気恥ずかしかったですぅ。

補 足
忌野清志郎さんは、国分寺二小の卒業生。
富太郎より、六つ上。